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名古屋地方裁判所 昭和60年(ワ)1704号 判決 1992年8月10日

原告

野村元基

被告

瀬尾康男

ほか三名

主文

一  別紙目録記載の交通事故に関し、損害賠償債務として、

1  原告と被告瀬尾康男との間で、原告が被告瀬尾康男に対し金一九三万七三二五円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

2  原告と被告一本松啓介との間で、原告が被告一本松啓介に対し金一二〇万二七一〇円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

3  原告と被告菊永昭彦との間で、原告が被告菊永昭彦に対し金八六万〇四八〇円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

4  原告と被告安立隆との間で、原告が被告安立隆に対し金一七九万二六六五円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

それぞれ確認する。

二  原告の被告らに対するその余の請求は、いずれもこれを棄却する。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  別紙目録記載の交通事故に関し、損害賠償債務として、

1  原告と被告瀬尾康男との間で、原告が被告瀬尾康男に対し金六六万三〇〇〇円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

2  原告と被告一本松啓介との間で、原告が被告一本松啓介に対し金五二万八〇〇〇円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

3  原告と被告菊永昭彦との間で、原告が被告菊永昭彦に対し金五二万八〇〇〇円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

4  原告と被告安立隆との間で、原告が被告安立隆に対し金六六万三〇〇〇円を超える金員を支払うべき義務の存在しないことを、

それぞれ確認する。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

第二事案の概要

本件は、別紙目録記載の交通事故の加害者である原告が被害者である被告らに対し、被告らの被つた人身損害につき、被告瀬尾及び同安立については三か月分の休業損害相当額と入・通院慰謝料の支払債務のみを、被告一本松及び同菊永については二か月分の休業損害相当額と通院慰謝料の支払債務のみをそれぞれ負担し、これらを超過する損害賠償債務は存在しないとして、右各超過分の損害賠償債務の不存在確認を求めた事案である。

一  争いのない事案

1  被告ら四名は、別紙目録記載の交通事故(以下「本件事故」という。)に遭遇した。

2  原告は、加害車を自己のために運行の用に供していた者であり、自賠法三条に基づき、被告らに対して損害賠償債務を負担する。

二  争点

本件の争点は、第一に被告らの本件事故による傷害の治療の相当性であり、第二に被告らの事故当時の収入であり、第三に請求の趣旨記載の金額を超える損害賠償債務についての消滅時効の成否である。

1  原告の主張

(一) (第一の争点)

本件事故は、軽微な追突であつて、医療法人邦正会住友病院(以下「住友病院」という。)における当初の診断も、被告ら四名共「全治三週間」というものであり、もとより入院による治療の必要性はなかつた。せいぜい被告瀬尾及び同安立についての通院治療と休業期間は三か月、被告一本松及び同菊永らのそれは二か月が相当である。

(二) (第二の争点)

被告らの主張する事故前の収入はいずれも客観的な証拠に裏付けられたものとはいえず、その休業損害は、一日当たり金三七〇〇円と評価するのが相当である。

したがつて、原告が被告らに本件事故の損害賠償として支払うべき金員は、それぞれ左記のとおりである。

(1) 被告瀬尾 金六六万三〇〇〇円

(内訳)

休業損害 金三三万三〇〇〇円

8,700×90=33万8,000

慰謝料 金三三万円

(2) 被告一本松 金五二万八〇〇〇円

(内訳)

休業損害 金二二万二〇〇〇円

3,700×60=22万2,000

慰謝料 金三〇万六〇〇〇円

(3) 被告菊永 金五二万八〇〇〇円

内訳は、被告一本松と同じ。

(4) 被告安立 金六六万三〇〇〇円

内訳は、被告瀬尾と同じ。

(三) (第三の争点)

仮に、(二)記載の金額を超過する損害賠償債務を原告が負担していたとしても、

(1) 被告瀬尾は、昭和六一年三月四日

(2) 被告一本松は、同年八月一日

(3) 被告菊永は、同年九月八日

(4) 被告安立は、同年六月一九日

にそれぞれ通院治療を終了し、右各時点において、本件事故の加害者が原告であること及び被告ら主張に係る各損害が発生していることを知つていたから、右各時点からそれぞれ三年を経過する平成元年三月四日、同年八月一日、同年九月八日及び同年六月一九日をもつて右各超過分につき、それぞれ消滅時効が完成し、原告は、本件第二六回口頭弁論期日(平成三年三月五日)において陳述の原告準備書面をもつて右各消滅時効を援用する旨の意思表示をなした。

2  被告らの主張

(一) 被告瀬尾

被告瀬尾は、本件事故による受傷のために、住友病院に昭和五九年一一月五日から同六〇年三月八日まで入院し(一二三日)、同五九年一一月三日から同六一年三月四日まで通院(ただし、右入院期間を除く。)して、(三六四日、通院実日数一七九日)、合計金一三七一万一二七〇円の損害を被つた。

(1) 治療費 金二九一万一〇三〇円

(2) 休業損害 金八八一万二八〇〇円

被告瀬尾は、本件事故前、訴外丸藤物産に勤務し、事故直前の三か月間の平均月収は、金五五万〇八〇〇円で、休業期間は一六か月である。

(3) 入院雑費 金一二万三〇〇〇円

一日当たり金一〇〇〇円で一二三日分。

(4) 通院交通費 金六万四四四〇円

往復金三六〇円で一七九日分。

(5) 入・通院慰謝料 金一八〇万円

(二) 被告一本松

被告一本松は、本件事故による受傷のために、住友病院に昭和五九年一一月三日から同六一年八月一日まで通院して(六三七日、通院実日数二六〇日)、合計金一四九八万四八七〇円の損害を被つた。

(1) 治療費 金一〇九万一二七〇円

(2) 休業損害 金一二六〇万円

被告一本松は、本件事故前、訴外オートサロンびいくるに修理工として勤務し、月収金二五万円を得る傍ら、オートシヨツプ・マツなる商号で中古車のブローカーを営み、一か月当たり金三五万円程度の収入を得ていたから、事故直前の平均月収は、金六〇万円で、休業期間は二一か月である。

(3) 通院交通費 金九万三六〇〇円

往復金三六〇円で二六〇日分。

(4) 通院慰謝料 金一二〇万円

(三) 被告菊永

被告菊永は、本件事故による受傷のために、住友病院に昭和五九年一一月三日から同六一年九月八日まで通院して(六七五日、通院実日数二六八日)、合計金六九九万五四一二円の損害を被つた。

(1) 治療費 金一〇六万四二八〇円

(2) 休業損害 金四六三万四六五二円

被告菊永は、本件事故前、訴外オートサロンびいくるに中古車のセールスマンとして勤務し、事故直前の三か月の平均月収は、金二一万〇六六六円であり、休業期間は二二か月である。

(3) 通院交通費 金九万六四八〇円

往復金三六〇円で二六八日分。

(4) 通院慰謝料 金一二〇万円

(四) 被告安立

被告安立は、本件事故による受傷のために、住友病院に昭和五九年一一月五日から同六〇年三月八日まで入院し(一二三日間)、同五九年一一月三日から同六一年六月一九日まで通院(ただし、右入院期間を除く。)して(四七一日、実日数一三九日)、合計金一二二三万五二二〇円の損害を被つた。

(1) 治療費 金二七三万七一八〇円

(2) 休業損害 金七五二万五〇〇〇円

被告安立は、本件事故前、訴外中日本ハードシステムに勤務し、事故直前の三か月間は平均月収金二〇万円を得る傍ら、訴外スナツクくのいち二世でバーテンとして稼働して一か月当たり金一五万円を得ていたから、事故直前の平均月収は金三五万円であり、休業期間は二一・五か月である。

(3) 入院雑費 金一二万三〇〇〇円

一日当たり金一〇〇〇円で一二三日分。

(4) 交通費 金五万〇〇四〇円

往復金三六〇円で一三九日分。

(5) 入・通院慰謝料 金一八〇万円

(五) 消滅時効の中断(被告四名共通)

被告らは、本件第四回口頭弁論期日(昭和六〇年一〇月二三日)において陳述の同日受付被告ら準備書面をもつて、本件交通事故による損害賠償債権を主張しているから、右債権全体につき、消滅時効は中断した。

第三当裁判所の判断

(以下、成立又は原本の存在とその成立につき争いのない書証並びに弁論の全趣旨により成立の認められる書証については、いずれもその旨の記載を省略する。)

一  治療の必要期間と休業期間

当事者間に争いのない事実、甲二、甲三ないし甲五、甲六の三、五、六、九、一〇、一一、一二、一三、一四、二三、乙一四の一ないし一四、乙一五の一ないし一〇、乙一六の一ないし一〇、乙一七の一ないし一四、乙一九、乙二一の二の一ないし一六、乙二二の二の一ないし二〇、乙二三の二の一ないし一九、乙二四の二の一ないし二一、被告瀬尾康男本人、被告一本松啓介本人、被告菊永昭彦本人、被告安立隆本人及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和五九年一一月三日、加害車両を運転して時速約五〇キロメートルで走行中、前方で停止していた被告らの乗つた被害車両に追突した。被告らは、事故後、現場から名古屋市に戻る途中、被告菊永を除いて一様に吐気を催し、住友病院で診察を受けた。

2  被告らは、住友病院において、頸部のレントゲン撮影を受け、「頸部挫傷(被告瀬尾は外に胸部挫傷)」との診断で、挫傷部位に対する湿布、鎮通剤、ビタミン剤の投与等による対症療法を受けた。この時点での住友病院の診断では、被告瀬尾の治療見込みは全治四週間、その余の被告らのそれは全治三週間というものであつた。

3  被告瀬尾及び同安立の両名は、昭和五九年一一月六日から同六〇年三月八日まで住友病院に入院したが、右入院期間中の両名のカルテ、看護記録には、頭痛、頸部痛、不眠などを訴えた旨の記録はあるが、他覚的所見たる諸検査の結果は全く記録がなく、体温、脈拍はいずれも正常であつた。また、治療は投薬、徒手矯正術、低周波治療、マツサージといつた対症療法と点滴に終始し、退院後も同様の治療がなされており、昭和六〇年一月からほぼ一か月の間隔で作成されている両名の診断書の所見にも全く変化がなく、結局、他覚的所見の有無を明らかにすることなく対症療法が続行されてきた。

なお、被告瀬尾の傷病名として第六頸椎の亀裂が診断書等に記載されているが、これに対する治療がなされた形跡は、カルテ、看護記録及びレセプトのどこにも記載されていない。

4  被告一本松及び同菊永は、昭和五九年一一月三日から住友病院に通院したが、愁訴(頭痛、右肩痛、頸部痛など)はカルテに記載されているものの、他覚的所見たる諸検査の結果は全く記載されておらず、昭和六〇年一月からほぼ一か月の間隔で作成されている右両名の診断書の所見にも全く変化がなく、結局、他覚的所見の有無を明らかにすることなく、投薬、低周波治療といつた対症療法に終始していた。

5  昭和六〇年二月、原告の代理人として本件原告訴訟代理人が、被告らに対して休業損害の証明書を書いてほしい旨要望し、その用紙を入院中の被告安立に交付したが、被告らは本件訴訟の第二回口頭弁論期日(昭和六〇年八月二一日)までは休業損害の証明書を原告側に示すことはなかつた。

6  被告らは、本件訴訟において、後遺障害や入・通院の相当期間についての鑑定を申請しながら、鑑定人の許に出頭せず、鑑定申請を撤回した。

以上の認定事実によれば、本件事故は、必ずしも軽微な追突であるとはいえないが、被告らの症状は、レントゲン撮影のほかに諸検査を必要とするほどの重篤なものではなく、担当医師も全治まで一か月かからないと診断し、その後、症状が多少重篤になつたが、なお、対症療法に終始する程度のものにすぎなかつたものと推認することができ、そうとすると、被告瀬尾及び同安立について、入院による治療の必要性は認め難く、相当な通院治療・休業期間は、本件事故発生からせいぜい三か月であり、被告一本松及び同菊永の相当な通院治療・休業期間についても本件事故発生からせいぜい二か月であると認めるのが相当である。

二  本件事故により被告らが被つた損害

1  被告瀬尾 合計金一九三万七三二五円

(一) 治療費 金五七万九七五〇円

乙一四の一、三、五によつて認められる昭和五九年一一月から昭和六〇年一月までの治療費から入院料を控除した残額をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二) 休業損害 金八三万二三七五円

被告瀬尾は、本件事故の直前に訴外丸藤物産に勤務していて、その主張に係る収入を得ていたこと、ところで丸藤物産はその所在地が被告瀬尾の本件事故当時の住所と同一であり、事務所を被告瀬尾名義で賃借していたものであること、昭和六〇年六月ころ丸藤物産は倒産したことを主張し、乙五ないし乙八(いずれも被告瀬尾本人により訴外丸藤物産の作成と認める。)、乙一八の一から九(被告瀬尾本人により訴外ユニー株式会社の作成と認める。)、被告瀬尾康男本人中にはこれにそう部分がある。しかしながら、乙五ないし乙八は倒産の後に作成され、乙五(休業損害証明書)にはその記載があるにもかかわらず、乙六(源泉徴収票)には源泉徴収税額が記載されていないこと、乙一八(各枝番を含む。)は、乙七及び乙八の記載と一致する箇所もあるが、そのすべてを裏付けるものではないこと並びに被告瀬尾は所得税などを源泉徴収されている旨供述しているのであるから、本訴において区役所等の所得証明を提出しようと思えばできたはずであるのに、特段の事情もないままにこれを提出することなく経過したものであることからすれば、乙五ないし乙八、乙一八(各枝番を含む。)及び被告瀬尾康男本人の供述を根拠に、被告瀬尾の本件事故直前の収入額を認定することはできず、結局、被告瀬尾の本件事故直前の収入はこれを直ちに認めるに足りる証拠はないというほかはない。

したがつて、被告瀬尾の本件事故直前の年収は不明であるから、休業損害の基準額として当裁判所に顕著な賃金センサスを用いて推認することとする。被告瀬尾は本件事故当時三三歳で、訴外丸藤物産は、小規模企業であるから、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模一〇人から九九人男子労働者学歴計平均賃金の三三歳の金額である年額三三二万九五〇〇円を基礎とし、その通院期間三か月分が本件事故と相当因果関係のある損害であると認める。

332万9,500÷12×3=83万2,375

(三) 入院雑費 〇円

前記のとおり入院の必要性はなく、本件事故との相当因果関係は認められない。

(四) 通院交通費 金二万五二〇〇円

前記のとおり、入院の相当性は認められないけれども、通院の必要はあつたと解されるところ、弁論の全趣旨によれば、一往復三六〇円を要し、前記三か月間に少なくとも七〇日の通院を要したものと認めるのが相当であるので、頭書金額となる。

(五) 通院慰謝料 金五〇万円

前記通院相当期間に照らすと、右金額が相当である。

2  被告一本松 合計金一二〇万二七一〇円

(一) 治療費 金一五万九七五〇円

乙一五の一によつて認められる昭和五九年一一月、一二月分(実通院三六日)のみにつき、本件事故との相当因果関係が認められる。

(二) 休業損害 金七〇万円

被告一本松は、本件事故の直前の昭和五九年四月ころから訴外オートサロンびいくるに自動車修理工として勤務し、その主張に係る収入を得ていたこと、昭和五七年二月か同年三月ころからカーシヨツプ・マツという商号で中古車のブローカーを営んでいたこと、また昭和五九年度の所得が四二〇万円(一か月平均三五万円)で、これはすべてマツの営業収入であると主張し、乙一、乙二、乙三、乙四(乙三、乙四は、いずれも被告一本松本人により訴外オートサロンびいくるの作成と認める。)、被告一本松啓介本人中にはこれにそう部分がある。しかしながら被告一本松啓介の供述によれば、被告一本松はマツの営業を平日の午後六時以降や休日に行つていたこと、一台当たりの自動車売買手数料は一〇万円から一五万円であること、営業はいわゆる口こみでなされていたことが認められるが、かかる営業形態で月々三五万円の収入を得ることは不可能ではないとしても極めて困難であるといわざるをえず、被告一本松は、びいくるの勤務時間である午前一〇時から午後六時の間もマツの営業に相当の時間と労力を当てていたものと推認するのが相当であり、これに反する被告一本松本人の供述の該当部分を採用することはできない。

これに加えて、びいくるの休業損害証明書(乙三)にはその記載があるにもかかわらず、源泉徴収票(乙四)には源泉徴収税額が記載されていないこと、被告一本松はびいくるでは専ら修理のみを担当していたのに、びいくるの休業損害証明書には「中古車販売」と記載されていることからすれば、乙三、乙四及び被告一本松啓介本人の供述を根拠に、被告一本松のびいくるからの給与所得額を認定することはできず、結局、被告一本松の本件事故直前の収入は前記マツの営業収入月額三五万円と認めるのが相当である。

したがつて、被告一本松の本件事故直前の収入は、月額三五万円であるから、その二か月分である金七〇万円をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(三) 通院交通費 金一万二九六〇円

弁論の全趣旨によれば、一往復に金三六〇円を要するので三六日間で頭書金額となる。

(四) 通院慰謝料 金三三万円

前記通院相当期間に照らすと、右金額が相当である。

3  被告菊永 合計金八六万〇四八〇円

(一) 治療費 金一五万二〇二〇円

乙一六の一、乙二四の二の一によつて認められる昭和五九年一一月、一二月分(実通院三六日)のみにつき、本件事故との相当因果関係が認められる。

(二) 休業損害 金三六万五五〇〇円

被告菊永は、本件事故の直前に訴外オートサロンびいくるにおいて中古車の販売員として勤務し、その主張に係る収入を得ていたことを主張し、乙九(被告菊永本人により訴外オートサロンびいくるの作成と認める。)、乙一〇(右同)、被告菊永昭彦本人中にはこれにそう部分がある。しかしながら、びいくるの休業損害証明書(乙九)にはその記載があるにもかかわらず、源泉徴収票(乙一〇)には源泉徴収税額が記載されていないことからすれば、乙九、乙一〇及び被告菊永昭彦本人の供述を根拠に、被告菊永のびいくるからの給与所得額を認定することはできず、結局被告菊永の本件事故直前の収入はこれを直ちに認めるに足りる証拠はないというほかはない。

したがつて、被告菊永の本件事故直前の年収は不明であるから、休業損害の基準額とし当裁判所に顕著な賃金センサスを用いて推認することとする。被告菊永は本件事故当時二〇歳で訴外オートサロンびいくるは小規模企業であるから、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模一〇人から九九人男子労働者学歴計平均賃金の二〇歳の金額である年額二一九万三〇〇〇円を基礎とし、その通院期間二か月分が本件事故と相当因果関係のある損害であると認める。

219万8,000÷12×2=36万5,500

(三) 通院交通費 金一万二九六〇円

弁論の全趣旨によれば、一往復に金三六〇円を要するので三六日間で頭書金額となる。

(四) 通院慰謝料 金三三万円

前記通院相当期間に照らすと、右金額が相当である。

4  被告安立 合計金一七九万二六六五円

(一) 治療費 金五七万〇一四〇円

乙一七の一、三、五によつて認められる昭和五九年一一月から昭和六〇年一月までの治療費から入院料を控除した残額をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(二) 休業損害 金六九万七三二五円

被告安立は、本件事故の直前の昭和五九年八月から訴外中日本ハードシステムに勤務する傍ら、それ以前から訴外スナツクくのいち二世でバーテンのアルバイトをし、それぞれその主張に係る収入を得ていたことを主張し、乙一一、乙一二、乙一三の一ないし三(被告安立本人により、乙一一及び乙一三の一ないし三は、訴外中日本ハードシステムの、乙一二は、訴外スナツクくのいち二世の各作成と認める。)、被告安立隆本人中にはこれにそう部分がある。しかしながら、中日本ハードシステムの休業損害証明書(乙一一)には、給与所得であるにもかかわらず源泉徴収税額が記載されていないこと、昭和六〇年の給与の明細書(乙二〇の一ないし六)は中日本ハードシステムが倒産してから五か月後に受け取つた旨被告安立は供述しているが、これを直前である昭和五九年八月分ないし同年一〇月分の明細書(乙一三の一ないし三)と比較すると、その字体が明らかに異なるのみならず、係印も押印されていないことからしてその成立に疑問があること、くのいち二世の休業損害証明書(乙一二)には源泉徴収税額と作成年月日の記載がないことからすれば、乙一一、乙一二乙及び被告安立隆本人の供述を根拠に、被告安立の給与所得を認定することはできず、結局被告安立の本件事故直前の収入はこれを直ちに認めるに足りる証拠はないというほかはない。

したがつて、被告安立の本件事故直前の年収は不明であるから、休業損害の基準額として当裁判所に顕著な賃金センサスを用いて推認することとする。被告安立は本件事故当時二九歳で、訴外中日本ハードシステム及びくのいち二世は小規模企業であるから、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模一〇人から九九人男子労働者学歴計平均賃金の二九歳の金額である年額二七八万九三〇〇円を基礎とし、その通院期間三か月分が本件事故と相当因果関係のある損害であると認める。

278万9,300÷12×3=69万7,325

(三) 入院雑費 〇円

前記のとおり入院の必要性はなく、本件事故との相当因果関係は認められない。

(四) 通院交通費 金二万五二〇〇円

被告瀬尾と同様頭書金額となる。

(五) 通院慰謝料 金五〇万円

前記通院相当期間に照らすと、右金額が相当である。

三  消滅時効について

債務不存在確認訴訟の訴訟物は、被告らが原告に対して有している債権であり、右債権の存在を被告らが当該訴訟において主張すれば、民法一四七条一項所定の「請求」に準じて債権全体について消滅時効が中断され、同法一五七条二項により、右裁判が確定するまでは消滅時効は進行しないものと解するのが相当である。

このような見地から、本件における消滅時効の主張を検討すると、本件において、被告らが、応訴の上、第四回口頭弁論期日(昭和六〇年一〇月二三日)において陳述した昭和六〇年一〇月二三日受付被告ら準備書面をもつて、本件交通事故による損害賠償債権の存在を主張していることは記録上明らかであり、右同日、本件各損害賠償債権の消滅時効は、右各債権全体につき、中断したものと認められる。

したがつて、原告の消滅時効の予備的主張は理由がない。

四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、本件交通事故につき、被告瀬尾に対し金一九三万七三二五円を、被告一本松に対し金一二〇万二七一〇円を、被告菊永に対し金八六万〇四八〇円を、被告安立に対し金一七九万二六六五円を、それぞれ超過する損害賠償債務の不存在の確認を求める限度において理由がある。

(裁判官 大橋英夫 北澤章功 野村朗)

目録

1 日時 昭和五九年一一月三日午後三時五分ころ

2 場所 岐阜県大垣市築捨町五―一一〇先路上

3 加害車両 原告運転の普通乗用自動車(原告所有)(岐五八む九六九九)

4 被害車両 被告瀬尾運転、その余の被告ら同乗の普通乗用自動車(名古屋五二ら五二四〇)

5 事故態様 原告が加害車両を運転中、脇見をし、前方で右折のため停車中の被害車両に気付くのが遅れ、時速約五〇キロメートルで被害車両に追突した。

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